親が考える子供の教育論は実はあまり意味がない話。【実体験から】

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ライフ・生き方

どうもなおパパです。

 

最近子供の教育論とかってあまり意味がないんじゃないかと思いました。

つまり、親が子供に影響を与えられるかどうかなんて後付けなんじゃないの?と思うからです。

 

教育者はやめだ

 

振り返ってみれば、親に何を教わったか?どんな影響を受けたか?なんてあまり自分の場合思い出せない。

よく結婚式で「育ててくれてありがとう(涙)」って泣く新郎新婦がいるけど

 

そんな人(自分も含めて)も必ず反抗期とかあったわけで、

夜家を抜け出して友達の家に泊まりにいったり、

友達と原チャリでブンブン走ったり

大学でチャラチャラしたりそういうことってありましたよね。

で「うるせぇクソババア(クソオヤジ)」とか怒鳴っていたりするわけですよ。

 

なので今躍起になって

「子供のため」

「子供のため」

と行動しても

「あなたそれ意味ないかもしれませんよ」

という結論になりました。

 

巷には「親が子に与える影響」とかいってデータぶっこんで色々物を売ったり、サービスを使わせるものに溢れている。

「親が子に影響を与える」ことばっかとりあげられている。

なぜなら商品ターゲットが親だから

 

では逆はないのだろうか。

「子が親に与える影響は?」

 

活発で好奇心旺盛な子は親を子が危険なことをしないか注意深くみるよう影響を与えないだろうか。

おとなしい子だったら、親はコミュニケーション能力を心配してコミュニケーションをとるように行動させないだろうか。

 

子供の特性とか性格が親に影響を与えていることはあまり考えられていないきがする。

 

 

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結局のところ子供には自分の人生がある

まず子供は親の思い通りにならない。

期待をすればするほど逆の方向にいったりする。

 

例えば、

自分が幼少期のころもっと勉強ができてれば今とは違っていた。

だから子供には自分と同じ思い、苦しみを味わって欲しくない。

そう思うから、たくさん本を読んであげたり、勉強がわからないようであれば手助けをしようとした。

 

が、「ちょっと待てよ」と。

 

実際問題、やってみておもったけど、あまり意味がないんじゃないかなぁ。

子供自身が「うわ!これ勉強しないとまじでやばいな!」って覚醒的に思わなければ本当の勉強にはならないと思う。

 

それが、小学生高学年のときにくるか、中学生か、高校生か、大学生か、社会人になってからかそれはわからないこと。(死ぬまで覚醒しないかもしれない)

親にもコントロールはできない。

なぜなら子供の人生だから。

 

勉強しなきゃって覚醒を例にとると、人によって覚醒イベントは様々だろう。

 

・好きな子がレベル高い学校にいくので勉強する

・親元を離れたいから1人暮らしする環境を手に入れたいから勉強する

・公務員になりたいから勉強する

・全く勉強してこなかった。けど、企業したいから勉強する。

 

とか、人によって勉強の覚醒イベントは違う。

そのイベントを誘発させるのは

 

・大嫌いな先生かもしれないし

・大嫌いな友人かもしれないし

・大嫌いな陽キャたちかもしれないし

 

わりかし反骨精神が煮えたぎってきて覚醒するかもしれない。

 

もしくは勉強や調べることが好きだからオタク的に追求して勉強に目覚めるかもしれない。

 

要するに親は期待してしまう。

 

自分がナメック星の長老のように子供の潜在能力を最大に引き出せるはずだと。

親にこれができたらみんな東大いけてるぜ

 

だがしかし、そんなうまくはいかないのである。

結局はそいつ次第。

 

秀才の親がいうことは正解になってしまう。

 

秀才の親がすごいのか、努力した子供がすごいのか

 

 

 

と、いうふうに考えたらなんだか気が楽になりました。

肩の荷がおりました。

 

じゃあどうするのか。

それは個々人の家庭で違うと思う。

 

うちは「ただひたすら楽しむ」ということをモットーにいきたい。

まさにこれ!

自分たち家族はシンプルです

「よりシンプルに楽しい方を選択する」

これを繰り返しているだけ。

生きてると嫌なことや悲しいことはたくさんあります。

思い通りいかないことなんてしょっちゅうです。

決断に迷う時もたくさんあります。

 

そんなとき自分や家族にいうことは

「テンションがあがるほうでいいんじゃないかなぁ」

ってとこです。

そこはデータとかエビデンスとか慣習、教訓、無視です。

むしろそんなものくそくらえです。

 

自分や家族が無我に無意識にそう思う方向に決めていくって感じです。

直感的にそっちが楽しいっておもうなら間違いないんです。

世間的や他人が「いや間違ってるだろう」といわれようがそんなものはすべてノイズです。

 

ある意味そこは思考停止ですね。

思考停止してもそっちに向かってるのが直感できめれてるってことなんじゃないかな。

 

楽しくなけりゃ改善です。

楽しくするための努力なら頑張れます。

 

そんな感じであまり深く考えない方が得!

 

これが私の子供の学習指導をしてみた結論です。

 

ではでは。